人生のあらゆる出来事は伏線

エッセイ

サラバ!

「サラバ!」

西加奈子氏の「サラバ!」という本を読んだのですが、読み終わって、物事に対する自分の考えの置きどころが少し移動した気がしました。
そういう本はあまり多くないように思います。
「○○とは何か」みたいな新書だったら、「そうか、○○ってこういうことだったんだ」と納得するし、ミステリー小説は犯人を知るまで途中でやめられなくなったりもしますけど「犯人はあいつだったか、面白かったー!」で終わります。
あと「こういう考え方もあるんだな」とか「こんなすごい人がかつていたんだ」という感想をもてる本もあります。

でも、考え方とか、ものの見方が変わる本は、なかなかないです。

「サラバ!」は、主人公の男性と父、母、姉の四人家族を軸に展開されていく話です。主人公がイランで生まれて、エジプトで生活したり日本に戻って遊びまくったり、いろいろな人と出会っていろいろな出来事を経験しながら生きて、いまの私の年齢くらいに到達するまでが描かれています。

父、母、姉がそれぞれ、世界と距離感を計れずにもがき苦しむのに対して、主人公は絶妙なバランサーとして、事を荒立てず、一見、うまく生きているように見えます。
それでも、エジプトでストリートチルドレンへの接し方に苦慮したり、学校での人間関係で思い悩んだ挙句人を傷つけてしまったり、姉が自分の世界にこもるのを疎ましく感じたり、生きていく中で遭遇せざるを得ない、いろんなできごとに対峙し、自分なりの回答を見つけて、なんとか生き抜いています。主人公は生きるのに必死で、とても一生懸命です。

私も主人公と同じように生きて似たような出来事を経験してきた気がしましたが、その場面場面でこんなに深く考えていただろうか。いや、残念ながらぼんやり生きていました。無念です。

人生のあらゆる出来事は伏線

ところが、ある時点で、主人公の人生は反転します。これまでの人生の一つ一つの出来事が「なんだったのか」となるくらい、何もかもが反転します。私はこの場面で恐れ慄きました。なんて残酷なんだろう、と。そして同時に深く納得しました。

「人生のあらゆる出来事は伏線である」この本を読んで、私がとても強く思ったことです。
生きてるといろいろな事が起こって、そのときは必死に出来事とぶつかっています。乗り越えることもあるし、別の答えを見つけることもあるし、玉砕することもあるし、逃げることもあるでしょう。
主人公もそうやって生きていました。
でも結局、そういう一つ一つは全部、途中のほんの一コマでしかない。人生のすべてではないし、本質でもない。その時出した答えは正解でも不正解でもない。そのときの自分が「ほんとうの自分」ではないし、「偽りの自分」というわけでもない。

でもその一つ一つは何らかの形で今の自分につながっている…
(書いてて自分でもよくわかりません)

生きていて、自分の中で重大事、分岐点と思える出来事がいくつかあるとします。「あの出来事のおかげで今の自分がある」みたいな発想はよくありますが、一つ一つの出来事は「一つ一つの出来事」でしかない。そしてその時の自分の対処の仕方は「その時の自分の対応」でしかない。それ以上でもそれ以下でもない、と思うんです。

あらゆる出来事は、死ぬまでの人生の伏線です。死ぬときに、ほんとに死ぬ直前に、自分の人生を振り返って、自分でも意識していなかったことが出来事として思い起こされたりして、つながりも見えたり、そういうときに至って初めて、その出来事の意味が分かるような気がします。

だって主人公の人生はある時点で180度変わったんです。姉の人生も、そうなった(ように見えました)。
この小説は、文庫で上、中、下巻あったのですが、上、中巻までで描かれる一つ一つのテーマも重厚で、登場人物たちはそれに必死に向き合ってるんです。読者も色々と考えるんです。
でも下巻で、まるでこれまでのことが全部前フリだった、みたいなことになる。とんでもないな、と思いました。でもこういうことはぜんぜんあるな、と。
でもきっと、主人公の人生が反転したこの出来事さえ伏線なのです、結果的には。

言葉の袋小路に迷い込んだので、ここらへんで、いったん「ぜんぶ伏線だけど楽しく生きていこう」という結論で終わろうと思います。

あなたのビジネスのWeb戦略を、ぜひキタックにおまかせください。

効果を出すためのサイト運営、集客できるウェブ広告

ブログの更新情報をお知らせしています。