キタックCGソリューションセンター

れきしそうし

漫画家になることをやめてから歴史デザイナーを名乗るまで_その1

2020年07月06日(月)

こめ

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PV 113

こめです。
今回はいつもの呑気なテンションとは違った感じで書こうと思います。
自分の歴史をちょっと書いていきます。

将来の夢は漫画家

私は幼稚園の頃から絵を描くことが好きだった。
覚えているのはクレヨンしんちゃんの映画「アクション仮面VSハイグレ魔王」の模写をしまくっていたということ。
周囲がかけっこをしている中、私はハイグレ魔王とその配下を楽しく描いていた。

そんな絵描き少女の私が「絵を描く」仕事として初めて認識した職業は「漫画家」だ。

自分の描いた話やキャラクターが動いていくなんてなんて素敵な世界だろう。
アニメ化、映画化、ゲーム化…当たればとんでもなく幸せだと。
そこからずっと漫画を描きたいと思い続け、中学、高校と進路に迷いはなかった。

全ては漫画家になるために。

そう思い、同学年の生徒が経験するような青春も、私は絵を描くことに費やした。
冴えない学生時代だったが、そんなものはどうでもよかった。
遊んでいる暇なんてない。とにかく描いて画力をあげなければ。
「この道意外にありえない」と思って疑わなかった。

吐血した

自分を追い込みまくり描き続けた私にある日限界がきた。

その時自動車学校で免許をとることとアルバイトで心労もたたり極限状態だった。
「まだやれる。まだやれる。」と奮い立たせていたが、突然強い吐き気に襲われる。

気づいたら吐血していた。

歴史好きの私からしたら血を吐く=結核のイメージがあり、もしかしたら死ぬのかもしれないという恐怖にかられた。

病院で胃カメラを飲むことになったが、これが死ぬほど痛かった。
強烈なえづきに診察台の上で飛び跳ねてしまった。
胃カメラの後、放心状態でアルバイト先に向かい「いらっしゃいませ」と笑顔で言うのが人生の中でベスト3に入る苦しみだった。

後日結果が届き、病気ではないことが判明した。
気管が切れて血が出たそうだ。
なんでそうなったか知らないが、かなり痛い経験だった。

出版社に持ち込む

そこから時はたち、大学は美大を選択した。
本当は別の大学に行きたいと思っていたが、父親から「漫画のためだけに大学にいかせられない」と言われ、通えるところにある美大に入ったのだ。

デザインを学ぶ学科であったが、私の頭は漫画家になることしかなかった。
アルバイトをして貯めたお金で原稿用紙、Gペン、トーンなどを購入し、初めて描き始めた。

漫画を描くというのは頭を使う作業で、映画を一人で作るようなものだと思う。
自分は監督でもあり、カメラマンであり、音響美術…様々な視点で考える。
どの角度からどんなセリフを書き、構図、設定など熟考し、それを決まったページ数に修めなければならない。

それでも私は割と感覚で進められた方だと思うが、大学から出される課題をやりながら一人で作業するのは大変だ。

三ヶ月くらいかかって人生初の漫画を完成させた。

そこから○学館に電話し、後日東京へ向かう。
テレビで見るような出版社に入り、担当者の方に漫画を見てもらった。

「これ何本目の漫画?」と聞かれ「1本目です」と答えた。
しばらく沈黙され、「よかったら自分が担当者になるよ」と言われる。

「なかなか1本目でここまで描ける人いないよ」「このまま描いていけば絶対に伸びる」そう言ってもらえた。

これは私にとってかなり自信がついた。

その後ネームを描いては郵送し続けたのだが、褒めてもらえたことが嘘のように描けなくなっていった。
描いても描いても面白くもなんともない。
完全にスランプから抜け出せなくなり、しばらく描くことを辞めた。

再度出版社に持ち込む

前回スランプになってから1年くらいたち、流石にそろそろ動かなければと思うようになる。

そこで今度は○学館だけでなく、○英社、○談社にも持ち込むことにした。
前回同様アポをとり、東京へ向かう。

○学館、○英社ではいまいちだったが、○談社の評価はよかった。編集者から「俺あんまり担当にならないけど担当者になる」と言われたのだ。

ここで再び自信を取り戻した私は、前回同様ネームを出版社に送る。
だけどまた描けなくなっていったのだ。

あれだけ調子に乗ってたのになぜだ?と自分の不甲斐なさに腹が立つ。
でも担当者とのやりとりで、あることに気づいた。

それは「漫画家の描く漫画は商品」だということ。

自由気ままに描いたものと商品として「売れるもの」を描かないといけない。その違いを体感した。
当然のことだ。会社でも好き勝手に社員がやりたいことだけやれるわけではない。
それを今まで考えて来れなかった。今まで思ったようなものが描けなくなった理由がこれだったのだ。

今までなんの疑いもなく追い求めてきたものが内側から崩れていった。
「漫画家になりたいの?」「漫画を描きたいの?」
どちらが正しいわけではないのだが、20年くらい夢見てきたことを辞める選択肢が出てきた。
大学4年生になり、進路を決める時期に差し掛かった私は誰にも言えない葛藤を毎日感じながら過ごすことになる。

次回に続く

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書き手は私 こめ

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